日本を読む、いま日本に何が必要か
グレゴリー・クラーク
(多摩大学学長アジア経済研究所開発スクール学長)
近い将来、交詢社の仲間に
皆さん、こんにちは。きょう、お招きいただきまして本当にありがとうございました。遅れて参りました理由は、タクシーの問題なんです。
タクシーに乗って、運転手さん、日本橋はどこですかと。やっぱりリストラのタクシーの運転手。日本の経済、まだだめなんだ。しかし、竹橋に入ってひどい渋滞、バブル時代と等しい渋滞だった。経済は動き始めているのではないか。しかしタクシーを下りて、間違って三越に入って、お客様がほとんどいなくて、やっぱりだめだ。ところがこの部屋に入って、みんな元気にやっている。やっぱり、シニアのほうで経済は元気なんです。因みに、私、明日、六十五歳になります。交詢社のメンバーの平均年齢は六十八と言われて、近い将来仲間に入れてくださいというお願いで参りました。(拍手)
交狗社とはいろいろご縁があります。初めは、隣に座っていらっしゃる石川理事長。慶應大学の関係で、私の息子は二人とも慶應大学だったんです。無事卒業して、一人は、三菱商事に。もう一人、弟のほうはドイツ銀行に入って、非常に悲惨な話ですけど、弟の給料は兄よりも倍ぐらい高いんです(笑)。これから日本の経済はどうなるか、ちょっと心配です。
私の前に座っている野村英一さんは、前は朝日新聞におられまして、二十四年ぶりの出会いです。私が初めて日本に来ましたときに、テーマは日本の経済の研究、対外直接投資でした。だんだんわかってきました。日本の経済活動を理解しょうと思えば日本人のメンタリティを理解しなくてはいけないです。その前はオーストラリア外務省の中で中国担当だったんです。私は中国人と日本人は同じではないかと思っていたんですけれども、同じではないですね。大分違っている。それで、サイマルの村松さんに頼まれて、日本に関して自分の印象等を書いてくださいといわれました。その本を出してすぐ、野村さんが取材にいらしてくださいまして、本当に光栄と思っていたんです。私のあまり内容に価値のない
本に対して関心を示してくれて、非常にいい長い記事を書いていただきました。
それで東先生も、私の父のこともよく知っている。父は経済学者です。コリン・クラーク。第一次産業、第二次産業、第三次産業の分類をつくりまして、皆様の世代の日本人はよく父の名前を存じておられるらしいのですけれども、本当に嬉しいことだと思います。私も経済学をやりたかったんですけど、大学へ入って十六歳。父に厳しく言われてしまったんです。おカネを稼いでいない男は経済学を勉強すべきではないと。結果は、別の学部で、外務省に入って外交官になりましたけれども、後で大学院に戻って経済学を本格的に勉強するようになったんです。そういう関係で日本に参りました。もちろん、相変わらず日本の文化とか、特にほかのアジア、中国人とか韓国人との比較に非常に関心、興味を持っ
ていますけれども、本業を申し上げれば経済です。
経済の根本的な問題 - 経済学ではなくて文化で説明
どうして日本の経済はそんなにだめになったのか。みんな“小泉効果”に期待していますけれども、長く続くかどうか。日本人は新しいものが好きなんです。けれど、すぐ興味離散になってしまうんです。
この前面白いテレビ番組があったんです。インスタントラーメンのブランドネームは平均寿命三カ月だけです。総理大臣は大体一年です。それで新しいブランドを出さなくてはならない。そういう意味では森さん、ちょっと可哀相だと思っていたんです。あの人はそんなに悪い総理大臣ではないと思っていたんですけど、マスコミと喧嘩になって、日本の社会はマスコミは非常に影響が強いんです。そしてムードに影響されやすい民族です。それで反森ムードになって、結果は辞めなくてはならなかった。小泉さんは「改革」という言葉をよく使っていますけれども、最初の改革は経済ではなくて外交だったんです。森さんは本当に改革だったんです。北方領土問題で二島返還。これは素晴らしい進歩だと思ったん
です。二島返還、あとの二島はあとで議論しましょう。当然のことだと思ったんですけど、小泉さんは、昔の四島返還に戻りたいんです。これは進歩ではなくて後退ではないかと思っています。
しかし経済になると、問題は銀行の不良債権ではないです。もっと根本的な冷え込みです。一時的に貸し渋りがあったんです。今は貸したいんですけれども、借りたい人がいないんです。なぜ借りないか。みんな悲観的になっちゃった。それは理由があるんです。経済の根本的な問題は経済学ではなくて文化で説明すべ
きなんです。慢性的に個人の需要が足りない経済です。
経済の発展は簡単なものです。初めは基本的な需要。自動車、冷蔵庫、クーラー、自転車が欲しいんです。日本は例外なくそういう時代があって、いわゆる高度成長時代。企業がおカネを借りて、投資をして、そういうものをつくれば必ず売れるんです。
けれど、先進国になると、基本的な需要ではなくてライフスタイル需要。自動車一台ではなくて、二台、三台。セカンドハウス、ヨット、電車はグリーン車とか、もっと贅沢に暮らしたいんです。日本はその需要がないんです。アメリカはあります。特にアングロサクソン社会。日本人は消費という意味ではケチケチではなくて、必要があれば派手におカネを使っているでしょう。ゴルフ、二万とか三万。銀座のママさん、二十万、三十万。結婚式、六百万。けれどもちがうのは、自分のアイデンティティはどこにあるかです。外国人と違って、日本人のアイデンティティは職場なんです。いい職場に入るためにおカネを使っています。私の大学、その恩恵を受けております。
ありがとうございます。あと自分の努力です。
外国人のアイデンティティは階級
我々外国人は違うんです。アイデンティティは階級。職場は二次的、三次的です。階級を決めるのに、どのぐらいおカネを使っているか。だからアメリカ人は大きな家に住まなければなりません。これは生活空間ではなくてステータスシンボル。地位の象徴。私の家はあなたの家よりも大きい。私があなたより偉い。そ
ういう大きな家を建てて、きれいな家具とか絨毯とか電化製品。きれいな奥さんも入れなくてはならないです。奥さんもステータスシンボルです。アメリカの政治家たち、演説をすると必ず奥さんを連れてくる、見せるでしょう。美人であろうが、なかろうが、自分は浮気だらけであっても見せなくてはならない。日本は
全くそういう必要はないです。自分の家とか家族はプライベートのものです。
また夏休み。私は日本の銀行のために宣伝するつもりはないですけど、外資系銀行と絶対取引きしないでください。だって、夏の間は、七月の初めからもう連中はいないんです。秘書に、いつ戻りますかと聞いたら、八月の終わり。国に戻ってあるいは長い旅行をして、日本に帰ってくると、私に対して威張っちゃうんです。二カ月バカンスをとって家族と一緒に国に戻って、あとフランスとか、
スペインとか旅行した。クラークは? 房総半島に二週間だけ。自分はクラークより偉い (笑)。
日本人は逆でしょう。あなたは二週間休み、私は三日だけ。私のほうが偉い。結果は勤務時間が長くて貯蓄率が高いです。貯蓄率ですぐわかるんです。世界で一番元気にやっている経済はアメリカでしょう。一番貯蓄率が低いのはアメリカです。ゼロです。普通は四%です。次は、イギリス、オーストラリア、ニュージ
ランド。経済はボロボロです。にも関わらず元気にやっております。理由は貯蓄率が低いです。六%。おカネが手に入るとすぐ使っているんです。ヨーロッパはもともと一〇%。日本は一三、一四%です。これは経済の大きな足枷なんです。
日本経済は少子化と経済アンバランスが問題
私、ケインズ経済学です。ケンブリッジ生まれだから、ケインズ (笑)。父もケインズ派です。経済をリードするのは需要です。デマンドがないと動かないんです。経済学者はどうしてわかっていないんですか。企業の経営者はわかっています。私、唐津一さん好きなんですけれども、新しい技術によると日本の経済は元気になるという。でもいいものをつくっても人が買ってくれないと意味はないです。結局輸出しなくてはいけない。
七〇年代に入って日本の経済は危ない状態だったんです。ところが二回神風に救われたんです。石油ショック。それで円安になった。結果は、内需は弱いけど外需に頼っていたんです。しかし八〇年代の後半になって、また危なくなって、円高でしょう。プラザ・アコード。それで変な形で内需拡大になったんです。あのバブル経済です。
これから別の形で、どうするか。人の価値観を変えるのは、文化を変えるのは簡単ではないでしょう。日本人はアメリカのようにやりたくなければ仕方がないです。謙遜の日本人を尊敬しています。しかし、おカネを使わないと経済は元気にならない。みんな高齢化の問題を心配しています。けれども私は高齢化大歓迎
です。問題は少子化です。これが需要に対して悪い影響を与えるんです。かえって高齢者はおカネを使っているでしょう。天国に入る前におカネを使わないと。新幹線に乗るとわかるんです。バブルのときはグリーン車は半分ヤクザと政治家だったでしょう。今は高齢者です。ある程度おカネを使っていますけれども、しかし、それだけで十分ではないです。
もう一つの問題があります。経済アンバランス。製造業は強いんです。日本人はもともとモノづくり文化です。二百年前のイギリスと同じです。実際に日本にいればいるほど、だんだんとわかってきました。福沢諭吉は正解だったんです。日本はアジアの国ではないです。日本は北ヨーロッパの国なんです。アジア、つまり中国、インドとか、韓国は古い文明なんです。大陸の文化です。大陸の文化はすごく合理主義が強いんです。イデオロギーが強いんです。だって、いつも戦争やっているんです。
日本の文化は簡単に説明できます。よくいわれるのが島国文化。日本人に言わせれば、単一民族と。でも日本人は単一民族ではないです。方言が多いんです。この間久し振りに東北へ行きました。行く前、かなり日本語に自信を持っていたんですけれども、二、三日の滞在で自信は全くなくなりました(笑)。あっちは日本語じゃないですね。地方の文化も様々ですよ。東北、保守的。北海道
は完全に開かれている。東日本、西日本、関東、関西。関西だけで三つの文化があります。大阪、神戸、京都。バラエティに富んでいる民族です。顔つきもばらばらでしょう。アイヌ系、モンゴル系、ポリネシア系。しかし、グループに入ると自然に協力する。これは日本人の面白い特徴です。北海道から来ても、九州から来ても構わない。仏教であってもキリスト教であっても構わないです。自然に協力する。そういう意味で単一的なんです。ただ、これは結果なんです。なぜこういうふうにできるのか。我々、外国人はできません。
中根千枝先生の話ですが、日本人のアイデンティティは場所、職場とか学校。外国人は資格。宗教とか職業とか。しかし、階級。これが一番。さっきの話ですが、我々外国人の、特にアングロサクソン、イギリス人の階級意識。これはもうちょっと覚悟すべきです。非常に深いんです。人に会うときは、すぐ観察する。小さな訛、服装の着方とかで何階級であるとかわかるんです。
しかし、昔は北ヨーロッパ人は日本と同じ島国文化だったんです。大陸の端だったんです。大陸の民族は戦争が起きていたからだんだんと合理主義で理論武装しましたけど、島国だったら昔の家族的な村的な文化を保存できるんです。保存して、洗練して、ルールを付け加えて、結果は家族とか村だけではなくて、企業とか、学校とか、さらに国まで、同じ価値観の上で出来上がったんです。そういう意味で日本人は非常に一貫性のある民族です。
私の家族は全く日本と同じです。私の家族は徹底的な集団主義です。四人組。その中で法律とか、イデオロギーとか、全然使わないでしょう。全部話し合い。人間関係も臨機応変。四人だけ、四つの文化が入っています。男、女、大人、子供。にも関わらずみんな自然に協力しています。運命共同体。毎日談合やっています。損失補填をやっています。それであの小さいグループの経営は日本の企業と全く同じです。私も、家族の中で終身雇用制でしょう。転職できない。年功序列。もちろん能力主義は絶対使わない。社内訓練。二十年全部ただ。中途採用全然やっていないです。それで日本の企業と同じように生き残り精神が強い。苦しくなっても倒産しない。ほかの家族とも合併もしない。そういう意味で日本人を説明する必要ないです。
変わっているのは、あなたたちではなくて、我々外国人です。特に古い文明。中国、インド、アラブ、南ヨーロッパ。イデオロギーとかそういうものにこだわっています。けれど、北ヨーロッパは日本と同じように長い間村社会、封建社会です。北ヨーロッパも、特に昔のイギリスは、島国です。モノづくり文化だったんです。だから、産業革命はイギリスであったんです。最近は変わりました。モノづくりよりも、だんだんと中国人やインド人と同じように、頭脳で、自分の才能でおカネを儲けたいんです。だから金融産業とか、とか、そういう次元で強くなったんです。結果は製造業が弱っちゃったんです。しかし、昔のイギリスは日本と同じです。モノづくりだけではなくて共同体意識も強かったんです。日本はサムライ文化。イギリスは紳士道、日本は武士道。似ている点が多いんです。イギリスは今でも憲法ないです。とにかくイギリスはそういう文化があって強くなった。今、第二の産業革命は日本なんです。モノづくり文化、素晴らしいんですけど、結果としてサービス産業が弱いんです。日本はサービス産業がもちょっとよくなればいいと思います。
経済構造の変化で新しい需要が出る?
例えば、レジャー産業、ほとんどないです。あるとすれば物真似です。ディズニーランド。これはアメリカの会社でしょう。これが成功して、それでみんなロシア村とか、オランダ村とか、テーマパークばっかりなんです。ほかのレジャーはないです。一般の労働階級、一般の人たちにとってレジャーは何?。パチンコだけですよ。だから三十兆産業になったんです。外国だったら、会員権ではなくて、誰でも入っていいスポーツクラブとか、旅行すると、高級ホテルではなくてモーテルとか、キャンプ場とか。きょうはそういう細かい話をするつもりはないですけれども、経済構造の変化でいろいろと新しい需要が出てくるかもしれませんけれども、長い間ライフスタイルの問題は残るんです。日本で余っているおカネ、金融資産一千三百兆円でしょう。国がこれを動員して有効に使うべきではないかと思っています。けれど、その話はすごく最近は不人気なんです。
しかし、内閣の中でこのことをわかっているのは平沼さんです。今回の経済改革は成功するはずはないです。橋本さんと同じなんです。緊縮財政。弱い会社、早く倒産させる。〃痛み″ でいいとか。それで経済はどうなったか。あの九六年は、多分今と同じなんですけど、買換え需要が出て経済は回復する軌道に乗り始めた段階でポンとなっちゃった。本当に残念でした。もう一回同じ間違いを起こせばどうなるか。
竹中平蔵さん、時々やっています。“構造改革”ばっかりなんです。皆さんご覧になりますか、フジテレビの日曜日の朝の番組。最近はずいぶんよくなりました。竹村さんも少し静かになって (笑)。竹中さん、出ましたでしょう。それで問題は、構造改革、規制緩和をやれば、新しい雇用をつくらなくてはならないということです。そうしたら、はい、やりますよ、とリストがあったんです。そのリストのトップだったのは、ベビーシッター産業の規制緩和です。これで新しい雇用が出る? ベビーシッターですよ。ビルを建てている元気なおじさんたちが失業者になってベビーシッターになれますか。新しい規制緩和、大歓迎ですけど、新しい雇用をつくるのは簡単ではないです。時間がかかるのではないか。そういう意味では、残念なことなんですけど、経済に対してちょっと悲観的にならざるを得ないです。
目の前で変化が起こり姶めた外交問題
同じように外交問題。北方領土問題だけではなくて、皆さんの目の前に変化が起こり始めたんです。中国はどんどん伸びているでしょう。中国は高度成長時代の日本と全く同じなんです。国内市場を適当に保護して、基本需要、冷蔵庫、自動車。どんどん伸びている。昨日の日経がいってたのと同じように、日本はあの
国と競争するのは無理です。賃金は日本の二十五分の一です。繊維産業のタオル問題があったとき、繊維産業の企業のギャップがテレビに出た。そのとき十七対一だと思ったんですけど、日経によると二十五対一です。中国人は日本人と同じぐらい勤勉でしょう。おカネも十分でしょう。外国人がどんどん投資している。あとは技術。日本の企業から、華僑から、自由に入っているでしょう。結果は工場の中の条件、ほとんど日本と同じです。賃金コストが日本の二十五分の一だったら、あの国とどうやって競争しますか。きょうはタオルとか、ネギとか、ユニクロ。あしたは自転車。あさっては自動車。アメリカはもちろん中国と喧嘩やりたいんです。自分の防衛産業の繁栄のためにやっていますけれども、日本はあの喧嘩に巻き込まれるべきかどうか、
ちょっと……。
一昨日、北京で外務省のスポークスマンが教科書問題で発言していました。これから中国と韓国は歩調を合わせて日本に対して適当に措置をとる。恐いですよ。韓国がそれに応じるかどうかということはあるけど、もともと韓国人は文化とかメンタリティは中国的です。日本的ではないです。あの二つの国が反日連盟、反
米連盟になれば、日本の外交は袋どまりになってしまう。
教科書問題、正直言って私も保守派です。あの戦争は非常に複雑なものだったんです。太平洋戦争、やっぱり日本は仕方がなかったんです。我々欧米人は長い間アジアでいろいろやっていて、どんどん日本に圧力をかけて、メンバー軍もやっていて、日本はある程度反発するのは仕方がなかったんです。確かに中国でちょっとやり過ぎだったんです。それはもうちょっと認めるべきです。ただ韓国とか、台湾を自分の植民地にしようと思ったとしても、それはある程度防衛的な部分があったんです。認めています。当時の白人、スピリアリティコンプレックスが強かったんです。実際、一九一九年ヴェルサイユ会議で日本は平等発言を求めたんです。民族はみんな平等である。それに一番反対したのはオーストラリア、私の国だったんです。当時日本人は白人に対して反感を持つのは当然です。それであの戦争に敗けたのは、ある程度悔しいです。
日本は戦術はうまいが戦略は弱い
何で敗けたか、ご存じでしょう。日本の兵隊たちよく頑張りましたよ。そのとき私は小学生、オーストラリアの子供として疎開したんです。私の町は爆撃されたんです。日本の軍隊はもうすぐ上陸すると思っていた。日本ではあまり知られていないけど、オーストラリア政府は決心したんです。北部ー私はたまたま北部です、ブリスペンに住んでいました。上陸すれば全部日本に譲るつもりだったんです。もう一歩進めば、私は日本人になっちゃった (笑)。もうちょっと上手に日本語をしゃべれるようになったかもしれない。そこまで恐かったんです。
日本は何で敗けたか。秘密暗号を全部解読されちゃったんです。特にミッドウエー海戦で。これは決定的だったんです。
それだけではなくて、皆さん、ちょっと内緒の話をしてもいいですか。今でもやっていますよ、アメリカは。フランスは最近は怒っているんです。ヨーロッパは怒っています。日本は全然何も言っていないです。全部今でもやっていますよ。特に企業の暗号、全部解読されている。何で知っているか。私の国、オーストラリアは協力しています。アングロサクソンクラブ。戦争でできたんです。イ
ギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ。最近、ニュージーランドはちょっと仲間はずれになっちゃったんです。オーストラリアは積極的に協力しています。私が政府の仕事をやっていたとき、私の机の上にあったんです。伊藤忠の電報とか、大使館の電報が解読されました。外務省は呑気ですよ。大したことじゃないとか、あるいは、あまり意味のない外電ではないかとか。大事な外電は解読できない暗号だから大丈夫だと。どうかなあと思って、ちょっと疑問がある。いずれにしても、これは日本人の面白い特徴です。戦術がうまい国ですが戦略がちょっと弱いんです。暗号を守るのは戦略的な問題です。外交も同じです。これは文化です。
インセンティブがあれば日本は世界一強い民族
変えるのは簡単ではないですけど、変えようと思えば、やっぱり教育しかないです。私は二十五、六年間の間、ずっと日本の大学で頑張っていて、近いところから教育問題を観察して、あとは学長になった。普通、学長は雲の上の人なんですけれども、私は仕方がなくて授業を受け持っています。言われているように日本の学生は本当に怠け者かどうか、三年間ぐらい頑張って結論が出ました。やっぱり怠け者だ (笑)。どんなに工夫しても勉強させるのは簡単じゃないです。理由ははっきりしています。日本の若者は頭が悪いということではないです。問題はインセンティブです。日本にいればいるほどだんだんわかってきました。日本人は周りの環境に非常に敏感である民族なんです。自主性はない。これ当然です。周りの環境に敏感であれば自分自身の存在はそんなに意識しないです。我々外国人は反対です。環境に対して鈍感です。自分のことばっかりです。だから、自主性。特にアメリカとか、自主性が強い。自分の中でインセンティブをつくるのは簡単です。日本人は外からのインセンティブが必要なんです。しかし、そのインセンティブがあれば世界一強い民族です。
また戦争の話ですけれども、今の、いわゆるだらしのない若者と同じ若者が、五十年前、オーストラリアの前の植民地ニューギニアのジャングルでオーストラリアの兵隊と一対一で戦ったんです。それでオーストラリア側は認めているんです。我々の兵隊たち、オーストラリアの若者は強い。だけど日本の若者はもっと強かったんです。食べ物なしでよく頑張っていたんです。問題はインセンティブです。
それは何でわかったか。今、若者は皆同じです。毎年うちの大学は学
園祭をやっているんです。ほかの大学も同じです。しかし、特にうちの大学は印象的だったんです。学生をモービライズ(動員)するのは難しいのですが、しかし、学園祭のことになると一年前から準備がスタートです。小委員会もつくって周到な準備です。細かいことまで準 備しているんです。〃水差し″委員会とか、″灰皿″委員会。二日間のイベントです。うちの大学は小さい、1400 人だけです。創造性も豊富です。努力性も強いんです。しかし、大学祭でがんばっても、単位はないです。報酬もない。なのになぜそういうふうにやっているか。キメ手はこういう雰囲気なんです。雰囲気に応じてよく頑張ってくれる。問題はいろいろな場面でこの雰囲気をつくること。これを直せば大学教育よくなるのではないかと長い間期待していたんです。
教育改革国民会議のメンバーとして提案したこと
結果として、自分は国民ではないのに、森さんの教育改革の国民会議のメンバーになった(笑)。日本は面白い国です。最近は委員会をつくれば必ず女性一人と外人一人を入れなくてはならないんです(笑)。女性の候補者が多いんです。やかましいおばさんたちが日本は多いんです。しかし暇の多い外人は少ないから、私はよく選ばれています。
実際これは小渕さんの委員会だった。小渕さんから任命されて、次は森さんだった。森さんはよく頑張りましたよ。教育問題、熱心だけではなくて詳しいんです。小渕さんは途中で時々居眠りしていたんですけれども、森さんは全然しないです。総理官邸で月一回みんなが集まる。細長い部屋、細長いテーブルです。日本のアルファベット、アイウエオの順番で座らされて、私は″クラーク″ですからアルファベットの真ん中で、総理大臣の真ん前に座っちゃつたんです。総理大臣の顔を観察するチャンスはいっぱいあったんです。
森さんは元気はつらつだったです。ちょっとおっさん風だった。面白い
発言があったんです。学級崩壊の問題、少年の犯罪。特にバスハイジャック事件。森さんカンカンに怒っちゃったんです。やっばり若者は道徳が全部崩壊している。何かしなくては。それで面白い指摘なんです。義務教育は小学校だけでいい。あとは自分の責任の上で教育を受けなさい。私は賛成だったんですけど、ほかの会議のメンバーは全然評価してくれなかったんです。残念なことです。
国民会議で、私、いろいろアイディア出しました。びっくりしたんです、全部通りました。まず″飛び入学″。十七歳、どうして大学に入れないか。なぜ日本はノーベル賞の受賞者が少ないか。戦争前に教育を受けた日本人にはそういう人材があったんです。あるいは戦争直後。しかし最近はだんだんとなくなった。理由は、みんな金太郎飴のように育てられているんです。結果、英才教育、天才教育ができなくなってしまったんです。町村さんは大賛成だった。あの人もなかなか面白い政治家です。
また″暫定入学″。うちの大学は実験的にやっています。合格ライン
に近い人たちの上と下。みんな暫定で入れる。外国だったら学生は全部暫定です。つまり、大学へ入りやすいんです。けれど、一年終わって厳しい足切り試験。場合によっては半分ぐらい落とすんです。そうすると一生懸命勉強しますよ。日本は同じようにやるべきなんです。いまだと、とにかく落とすのはほとんど不可能です。
皆さんご存じですか。学生から入学金もらえば、これは一種の契約で
す。四年間ぐらいの教育を与えなくてはならないです。本人が進んで退学しない限り、何もできない。留年しかできないです。ところが″暫定入学″だったら入学金もらわないです。暫定だから、一年終わってもう一回試験を受けなさい。それで受かれば正規となって、その段階で入学金を頂く。この制度を導入すれば、教育はよくなる。けれども自分の大学単独では導入しにくい。でもやっと導入したんですけど、教授会で言われた。″暫定入学″冷たい残酷な言葉だ。変えなくてはいけない。結果は″暫定入学″ではなくて″チャレンジ入学″になったんです。
また、学年〃九月スタート″。三月に高校を卒業して、半年ぐらい自由の時間を与えて、そのときは奉仕活動、あるいは世界旅行。九月スタートだったら、海外、北半球の留学がやりやすくなる。やっぱり国際化のために留学が必要です。最後は、″ダブル専攻″制度。これまで文部省は一般教養を導入したんです。幅広く教育させるという期待が多かったけれど、いまでは明らかにこれは完全に制度として崩れてしまった。一般教養二年間。それでほとんど、先生も真面目にやっていない。学生も真面目にやっていない。結果、大事な最初の二年間の教育雰囲気が崩れてしまったんです。″ダブル専攻″だったら、四年間、経済学とか、一つの専門だけをやる必要はない。経済学者にならないで普通のサラリーマンだったら、経済学二年でいい。それで外国だったら、もう一つ他の学科をやる。ダブル専攻人気コンビは経済学と法学。両方やるんです。これも導入すべきです。これも報告書に全部出ました。しかし、報告書が出て、森さんはすぐ倒れちゃって、構造改革になった。教育改革は完全に忘れてしまって、新しい″インスタントラーメン″が導入されて、本当に残念です。
よく考えれば、諸問題の根源は、たった一つの試験と学歴社会。一つの試験で自分の将来を全部決められちゃうんです。18歳で。私の息子の努力を覚えています。あるスポーツをやっていて慶應大学じゃないとだめなんです。それで必死になつて一生懸命入学試験のために勉強したんです。本当に模擬試験とか何とか。高校は一流の進学校に入れたんです。学校の名前は言わないですけど国立に近い有名な進学校です。化学をやろうとしたんです。その学校は三割東大、残りは全部、慶應、上智、早稲田とかの評判でした。私は非常に喜んでいたんですけど、二年生で学校をやめてしまったんです。私は登校拒否の子供の父親です。大学の学長よりも子供の父親として偉いと思います。なぜか。二年間ほとんど実験室に入れなかったんです。教科書の暗記をしなさい。それだけ。入学試験は全部ペーパーテストだ。息子はやめたあと一生懸命勉強して大検に受かって、慶應大学に入れたんです。残念なことに化学への興味を失って、全く意味のない政治学をやっていたんですけど、無事卒業して会社に入ったんです。
いずれにしても、外国では問題がないとすれば、理由は”暫定入学”だけではなくて、一発勝負ではなくて四発勝負制だからです。入学して、あとは卒業試験。次は大学院、あるいはMBA、特にビジネススクールです。優秀な大学院、あるいは優秀なビジネススクールヘ入ろうと思えば、学部の成績がよくないと入れないんです。今、日本の企業に入ろうと思えば大学での成績はほとんど見ないでしょう。特に青田買いで見ないんです。しかし、ビジネススクールだったら、大学院だったら見ていますよ。だからインセンティブがあります。大学院に入っても、また卒業試験です。成績がよくないと評価されないんです。だから四発勝負なんです。これから日本の教育制度を救おうと思えば、大学院教育、あるいはビジネススクール教育をもっと強調すべきではないか。それしかないです。そうするとインセンティブが生まれます。それでインセンティブに応じて勉強する。
皆様の世代は問題なかったんです。学校に行かれているときは、国は厳しかった、苦しかった、貧乏だったんです。みんな一生懸命頑張らないと、国だけではなくて、自分も出世できないです。今は学歴(学名)社会になって、みんなずるくなったんです。18歳の試験のために準備しているけど、あとはレジャーランド。学生は頭は悪くないです。だから勉強しないのです。
日本人はなぜ英語ができないか
″ダブル専攻〃制度を、どうしてそんなに導入したかったか。それで語学問題も解決できるのです。なぜ日本人は英語ができないか。世界の七不思議のもう一つの不思議なんです。外国人に聞けば、これは、日本株式会社の陰謀だ。わざと自分の独特な国の文化を守るために変な英語教育を教えている。日本と外国の間のギャップをつくるために、これは文部省の陰謀だという説です。いや、文部省も熱心ですよ。英語教育をどうやって改善できるか。私はまた、文部省の英語教育を改善する委員会のメンバーになったんです。それで出来上がった報告書は、高校三年はこれまで外国語教育は選択だったんですけど、これから必修になる。残念で、私は本当に泣けました。そのとき中曾根文部大臣だったんですけど、国は子供に対して間違った英語教育を受けさせる権限はないはずでしょう。これが原因です。なぜ日本人は英語ができないか。理由ははっきりしています。六年間、特に高校三年間、間違った英語教育を受けて、あとで頭の中を直すのはほとんど不可能です。だからやめてください。例の読み書き英語、教科書英語、受験英語。みんな楽観的すぎるんです。こういう英語教育はよくないけど、あとで口と耳訓練をすればいいのではないか、と。無理ですよ。自分の母国語と全く違う言葉だったら、スタートの時点で、教科書とか文法だけではなくて、口と耳の訓練をしないと頭の中で大変な被害が起きてしまうんです。
人間の脳味噌は、日本では右半球、左半球といいますけど、私はオーストラリアだから、北半球、南半球で行きたいんです。つまり意識領域と無意識領域なんです。言葉は人間の本能的な能力です。無意識です。みんな生まれたとき、そのコンピューターを持っています。それで赤ちゃんでも耳からインプットして、口から出すんです。北半球は全然使わないです。ところが日本人は英語を学ぶとき、一生懸命北半球でコンピューターをつくろうと思う。まず意識で勉強しなさい、と。その結果は、あとでしゃべろうと思ってもできないんです。意識のコンピューターが支配的になっちゃうんです。特に日本人はある程度しゃべれる能力はありますけど、聴く能力はほとんどないです。
長い間学生にだまされちゃったんです。わかっている振りをしていたんですけれども、調べてみると全然わかっていないです。明らかに、いわゆる北半球のコンピューターで、意識のコンピューターで処理しようとしていた。これでは絶対間に合わないんです。結果は、学校を卒業して、意識のコンピューターを全部壊して、もう一度南半球で正しいコンピューターをつくらなくてはならない。これはほとんど不可能です。
欧米社会を見てください。イギリスとかドイツとか、学枚で難しい言葉、中国語、日本語、ロシア語、教えていますか。教えていないです。学校でやるのは隣の国の言葉なんです。フランス語とか、英語とか、ドイツ語。言葉の置き換えだけです。そして難しい言葉は全部大学でやっています。特にオーストラリアはすごいですよ。18歳で、文学部ではなくて、〃ダブル専攻”制度で。特にオーストラリアで人気があるのは、経済学と日本語の組み合わせ。就職率抜群です。あるいは、法学と中国語。中国で商売しようと思えば語学だけでなく弁護士のマインドがないとだめなんです。いずれにしても18歳の頭はまだ柔軟です。けれど、何よりも難しいことは、母国語と違う言葉だったら、モティベーション、動機付けが必要です。四年間ぐらい毎日二時間、ロ、耳、教科書を同時にやらなくてはなりません。しかし、やれば、ビートたけしの木曜日の外国人と議論する番組に出る若者。本当に上手ですよ。それで調べてみると彼らは18歳でスタートした。
因みに私の言葉の教育は、学校でフランス語、ドイツ語。全部教科書ですけど、英語に近いです。だから別に被害を受けなかった。あと外務省へ入って中国語。その時わかったんです。私は教科書が好きですけれども、教科書で始めて完全に壁にぶつかっちゃった。日本人の英語教育、同じでしょう。私が中国語を学んでいた時は香港にいました。最後には教科書をやめて中国人とよく付き合って、それで直りました。ロシア語は全部スタートから口と耳。日本語も同じ。
私、日本語を習い始めたのは三十三歳です。そのとき教材は何もなかった。自分でテープをつくった。NHKの聴きたい番組を毎日録音して、初めは天気予報。簡単な日本語でしょう。わからなければ新聞を見た。漢字を読めましたから。その日の夜、口の訓練。同じ言葉を口から出す。近くの赤ちょうちんで。「キョウ、スバラシイ、イドウセイコウキアツ、アシタハレ、トキドキクモリ」とか。それで覚えてきました。
私は多摩大学に入ってすぐ教授会に提案したんです。入学試験から英
語を外す。皆さん、入学試験の英語をご覧になったことありますか。もう信じられないぐらい難しいです。二年か三年前、文部省の委員会で誰かが早稲田の試験を取り出したんです。見てください。長文がある。半分は難しい話、環境問題なんか。600ワードぐらいのセンテンスがあったんです。600ワードのセンテンスの中でピリオドが一つもなかったんです。私、三回読んでも意味がわからなかった。これは英語の試験ではなくて、英語の先生の ″エゴ試験″です(笑)。自分の早稲田大学の試験は東大より難しい。自分は東大より偉いとか。犠牲者は日本の子供です。多摩大学は、全部テープになったんです。試験も全部テープ。それである程度よくなりました。しかし最終的に、なぜ勉強しなくてはいけないかと。学生の目の前にインセンティプを出さないと、豊かな日本の中では教育問題は解決できないのではないかと思います。
きょうは長時間、私の独断と偏見と、内政干渉に満ちている話を聞いていただきまして(笑)、ありがとうございました。(拍手)
石川理事長 ただいまは、クラーク先生から、大変面白い話を伺いました。一々うなずくところのあるお話でありまして、私どもも大いに参考にさせていただきたいと思います。きょうはどうもありがとうございました。
(拍手)
(講演者の紹介)
Gregory Clark(グレゴリー・クラーク)
多摩大学学長
アジア経済研究所開発スクール学長
1956年オックスフォード大学修士課程修了(専攻:地理学・民族学)。オーストラリア外務省勤務を経て、日本の対外直接投資研究の為来日の後、「ジ・オーストラリアン」紙の初代東京支局長、オーストラリア政府政策委員会顧問等を歴任。上智大学教授を経て、95年多摩大学学長に就任。著書『国際政治と中国』(アジア経済研究所)『誤解される日本人』(講談社) ほか。
なお、本稿は平成十三年五月十八日(金)開催の当社常例午餐会における講演要旨である。